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 僕から6歩先に老人が座っている。
 歩きながら、店内を見回した。
 新しいものではないが、味のある、持ち主が大事に使っていただろうタンス。綺麗に磨かれた木製のフレームのついた鏡。一番目に付くのは、広い壁を占領している絵画。50×80センチ程度の大きな絵だ。誰が描いたものがろうか? 草原の中に麦藁帽子をかぶった後ろ姿の少女と犬、そして大木が並んでいる。どこかでこんなCMを見たことがあるな、というのが印象だった。
 ギシ、ギシ、と床板が鳴る。ゆっくり近づいて、僕は老人に話しかけた。
「すみません、あなたがオーナーですか?」
 老人は答えない。
 入り口に45度の角度で向き合っていた身体はそのままに、首だけを僕にむける。その瞳はとても大きく、薄いグレーががっている。
 大きく見えたのは、何かを訴えるかのように見開いていたからかもしれない。近づくな、例えばそんな親切心から。
「すみません、どなたらいらっしゃいませんか?」僕は空間に向かって声を上げる。
 すると、老人の足元にいた犬が、僕の足に鼻をよせた。こすり付けるしぐさ。犬が口を開く。「わん」

 その瞬間、僕の周りの世界は暗闇に吸い込まれるように回り始めた。あわ立てた生クリームにチョコレートソースが渦を巻いて吸い込まれていく姿を想像した。
 気が付くと、僕は地上30センチの世界にいた。
 遠くの窓に姿が映らない。大きな違和感をかかえ、鏡を探す。老人はまだ動かない。
 鏡の向こうには白と黒のまだら模様のベーグル犬が不安そうな顔で映っている。
 何かをしゃべろうとして、声が「ハゥ、ハウ」と漏れる。
 ガタン。
 音がした方を振り向くと、やたら大きな男が店から出て行こうとするところだった。
 僕はその顔に見覚えがある。急いで走りよる。
「私は、7年待った。君は早く人間に戻れるといいわね」男は出て行った。いや、男の形をした女だったのかもしれない。麦藁帽子の少女が、ちらりと頭をかすめた。
 壁に飾られた絵を見ると、少女の姿が消えている。代わりに映っていたのは前髪が風に揺れている青年と、無力な犬。その顔は…。
 もしかしたら、老人の中に入っているのは犬の魂なのかもしれない。これは想像でしかないけれど。だとすれば、老人の魂はどこに? 

 僕は考える。
 これは非常にラッキーな事態だ。
 おそらく僕に乗り移ったであろう女の不運を想像し、すこし胸が痛んだ。
 そう、現実の僕は大学の成績も悪く留年を繰り返し、除籍も目の前の劣等生だ。それからパチンコで借金を抱えている。学生で借りれる額はたかがしれているけど、そのせいで友達からお金を借りまくりもう僕に近寄ってくるまともな人間はいない。
 そしてもっとも重大な問題は、僕の家には死体があるということだ。ケンカしてわずらわしくなった僕の彼女をつい昨日、殴り殺してしまったのだ。これは予想外だった。
 女は容易に僕の住所を見つけ出し、僕としての人生を歩むつもりだろう。しかし、風呂場に隠してある死体を見つけて、なんと思うだろう。

 予想外か・・・。
 まさか身体をのっとられるなんて。これ以上の予想外はなかなか無いな。
 僕は軽く笑ったが、それは声にはならなかった。
 さて、どんな方法でこの目立たない店に人間を誘いこもうか。
 平和で幸せな人生を送っている人間に足を止めてもらえるような張り紙でも作ろうと、僕はゆっくり考え始めた。


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 アルバイト募集の張り紙を見て、僕はその扉を叩いた。
 茶色い、古びた木製の扉は、ギイィと音を立て内側に開いた。
 ノブはさびた金色で、ところどころメッキが剥げて、薄汚れている。
 しかし握りやすい、丸い形状で、どことなく懐かしい。

 店内にはゆるやかなBGMが流れていた。
 予想よりも少し広い。
 道路に面した、大きなショーウインドウは僕の背丈よりも高く、幅は2mほどある。
 青い色をした壷(もしかしたら花瓶かもしれない)と、中に白黒の写真が入っているいくつかの写真立てが、道路から見えるように棚に配置されている。
 時々、覗き込んで立ち止まるおじいさんや子供連れの女性が通り過ぎる。
 店内はあまり照明が強くないので、自分の反射した顔を確認するために鏡変わりに使う若い女性もいる。 
 僕は毎日この通りを歩く。
 決して華やかではないが、重厚な看板と、味のある喫茶店のようなその風貌は以前から気になっていた。
 その店が、3日ほど前から求人を募集している旨の張り紙を出した。
 僕は頭の片隅にそれをインプットし、日々の雑務をこなす。
 友達と話をし、授業のノートをとる。本屋に立ち寄る。
 そして、その店のことを考える時間が、一日のなかで大きな割合を占めるようになった今、学校へ行くためではなく、この店に入るためにこの通りを駅から歩いてきたと、そういうわけだ。

 長椅子には老人が座っていた。この店の店主だろうか。
 くぅ、と音がして足元に目を向けると、小さな犬が座っている。黒と白のまだら模様のビーグル犬だ。
 その犬は、店の奥に座っている老人の足元からゆっくり歩いてきて、僕の足に頬ずりをした。
 なんとも人懐っこい犬だ。
 店内に、ほかに人間ないないことを確認しながら、老人のもとへ歩み寄る。
 彼はまったくしゃべらず、じっと僕を見据えている。
 その長椅子は非常に心地よさそうなカーブを描き、彼の身体を自然に支えている。
 まるで、椅子が作られたときから彼の身体と共にあったかのようだ。
 足には手作りのような、凝った模様の毛糸の毛布が掛けられていた。
 どこかに、いまは外出しているだけで、彼の奥さんや娘など女性の存在を感じる。
 黙っていてもしかたがないので、僕は用件を伝えるために話しかける決意をした。

 
 つづく
目が覚めると、首が硬かった。
身体がうまく曲がらない。
自分のものなのにこんなに不自由なことがあるのか。
自分の姿を見下ろす。
赤い。
メタリックな反射がある。
表面は滑らかで、綺麗に艶が出ている。
摩擦係数は恐ろしく低いだろう。
首を傾ける。
ギギギっと音がする。
頭を触る。
硬い。

そのまま撫で下ろすと、角(かど)に当たった。

角。

そう、いつもの通りだ。
何も不都合はない。
その時視界の横を何かが通った。
ものすごい轟音。
地面が揺れ、思わず転びそうになる。
彼は正確に70度首を回し、その巨体の行方を目でおった。
実際には、埃が舞いすらしない小さな動きだったが。

そして彼は、見たこともない巨大な(それこそ彼の10倍もありそうな)白乳色の生物を目撃する。
彼は世界の平和を守る正義のヒーローだったが、
これほどまでに凶悪な顔をした怪物は見たことがなかった。

見上げきれない程の巨体。
ジャングルの様に底知れぬ黒い長い林。
大海を連想させる布に身を隠し、
そこから生えている武器(太いのと細いのがある)はなんとも手強そうだ。
それから轟音を発生させる装置が林の近くに設置されている。
発しているサインはもちろん意味不明、うるさすぎて解析は絶望的だ。

よく見ると、その怪物はもう一体存在し、
彼の半分はあろうかというコーヒーカップのようなものを手にしている。
彼はコーヒーカップが何であるかを知っている。
しかし今目にしているものは、サイズがまったく違う。
言うなれば風呂ガマのごとき巨大な器だ。
なぜそれがコーヒーカップだと思ったかというと、その中には彼が好意的に摂取する飲み物が入っていたからだ。



つづく
そんなばかな……。


目覚めて真っ先に視覚が認識したのは、
巨大なガンダムのフィギュアと、段ボールに入ったKの変わり果てた姿だった。
ガンダムをKが購入したことは知っていた。
近々配達されるだろうと話していた。
それがここにある。
おかしいのは、段ボールに入っているのがどう見てもKだという点だ。
Kはガンダムになったのだろうか。

私が寝ている間に何が起きたのだろう。
Eは部屋中を見回し、玄関の鍵とチェーンロックを確認した。

順番に記憶をたどる。
まずはKの生存を確かめる。
望んだ反応はない。
何かの発作?
事故?
それとも……自殺?
Eは思考をめぐらす。
いや、自殺はない。
では……他殺?
この部屋には誰もいないのに。
寝起きでぼやけていた意識が、徐々に覚醒するのを感じる。

窓の鍵も確認する。
締まっている。
間違いなく、この部屋に出入り可能な扉はない。
ということは、密室?
まずいことになった。
Eは自問する。

最後の記憶はいつだ?
私が眠っている間、Kは何をしていた?
このガンダムはいつからある?
この段ボールに入って届いたのだろうか?

差出人の書いてある紙を探し出す。
間違いない。
これは今朝届いたものだ。
そして受け取ってから、長くとも10時間はたっていない。
しかし寝すぎた……。

Eは、ほんの少し後悔をし、首を振って自分に言い聞かせる。
誰かが侵入して、Kをこんな目に?
そして私が寝ているうちに脱出し、鍵をかけた?
可能性はそれしかない。
Eは鍵を探す。
2つある。
EとKの分である。
持ち去られた形跡はない。

いや、密室の謎はひとまず置いておこう。
私が長い時間寝ていたのも、もしかしたら犯人の仕業かもしれない。
眠りから目覚めないガスを吸わせられた……とか。

Eは考えながらKに目をやる。

そしてガンダムのフィギュアが、何か握っていることに気付き歩み寄った。



つづく
部屋に入って電気をつけた。

カーテンの隙間から、街灯の光が覗く。
窓辺に近寄ってしっかりとカーテンを閉め直す。
ついでに鍵が締まっていることも確認する。

窓の横には勉強机が置いてある。
その上に、開いたままの参考書、ノート、辞書。
やらなければいけないことが、埃を被ってこちらを見上げている。
玄関に目を向けると、Eがうずくまったままだった。
部屋の鍵と一緒にテーブルの上に投げた紙を拾い上げる。

「ネコ運輸 ■■ー■■■■ー■■■■」

機械的に印字された数字を、携帯電話に打ち込む。
電話の向こうで、抑揚の無い声が流れた……。

Eはまだ、動かない。




3日後ーー



朝と呼べる時間に来訪者があった。
Kは扉を開ける。
相手は、慣れた手つきで用事を済ませ足早に去って行った。
あとには、1m平方の巨大な箱とKだけが残された。
それがKの企てた計画の始まりだと知るには、Eはまだ眠りから解き放たれてはいなかった。



つづく
Kは坂を上っていた。


左手にはコンビニの袋。
右手には、もはや人間として機能していない同居人を抱えて。

この坂道が下り坂だったら、うまく転がしていけるのに。
そう考え、自分が冷静なことを確認する。
結局コンビニで買ったのは、同居人のための味噌汁と栄養ドリンクだった。
Kは自分の食事を、軽い胃の痛みによって思い出す。
帰ったら何か作ろう…。
それだって、まったく珍しいことではない。


アパートの階段を登る。
同居人が、訳のわからないことを呟く。
Kは返事をせず、扉の前でポストを覗く。
その時、足元に紙が落ちているのに気がついた。
拾い上げて、文字を読む。
といっても声に出すわけではない。

「再配達依頼書 ネコ運輸」

壁にもたれながらノロノロと前進している同居人の方を振り向いた。
「やっと、届いたみたい」

同居人の目が、一瞬だけ光が差したように光った。
が、すぐに沈黙した。
気のせいか、とKは納得し扉に鍵を差し込んだ。

続く
コンコン。

ドアをノックする。


深夜はインターホンを鳴らさないように、と社内で規定されている。
またここも、留守か。

彼は決められた用紙に、何かを記入しドアに挟んだ。
今日は8件もこんな調子だ。

いや、まだ8件といった方がいいだろうか。
彼の先輩にあたる男性は、1日で32件も留守だったと語ったことがある。

一番頭にくるのは、2回目以降に訪ねても留守なケースだ。
しかしそれも少数ではない。
結局周り終わって時計を見たら、11時だった。
彼は疲労とともにため息を吐き出す。
5m先に停めて置いた車に乗り込む。

彼がそこを訪ねた痕跡は、ドアに挟まれた紙一枚だけだった。



続く
鏡には、上着を脱いだエコが映っている。

誰もいないトイレ。
物音がして振りかえる。
古くなった扉が、すきま風で揺れている。

ため息をつきながら、手元に視線を落とす。

水を張った流し台。
どう楽観的に評価しても、清潔とは言い難いその陶器の器で
エコはコートを洗っていた。
蛇口の隣には、惨事を物語るには充分に疲労した携帯電話が置いてある。
そしてそれは、濡れている。

いずれにせよ、ここを脱出しなければならない。
エコは、赤く染まった水が渦を巻いて流れ切るのを待った。
殺人を犯した人間が、血にまみれた手を洗う心境とはこのようなものだろうか。
などと考え、汚れを洗い落とした上着と携帯電話を握りしめ、再びホームに立った。
時計は120度を指していた。


ちらりと、先ほどうずくまった場所を見る。
何も変化がない。
駅員は、月にどれくらいの頻度でこういった事象に遭遇するのだろうか、などと申し訳ない気持ちを抱えながら想像した。
しかし、エコにはその場を去ることしかできない。

携帯を開く。
エコの帰りを待つ、同居人の名前が表示される。
携帯電話が機能していることに安堵し、通話ボタンを押した。



続く
Kは帰路を急いでいた。

今日は早く帰って眠りたい。
14時間も働いた。
忙しくて、昼飯も夕飯も食べていない。
空腹で頭痛がひどい。

携帯を見る。

午後10時。

Eからの連絡はない。
Eとは、3年ほど同居している異性である。
もしかしたら、もう寝ているかもしれない。
Eからの音沙汰がない時は、8割以上がそうであった。

夕飯は何にしよう。
それともこれは2食目だから、昼飯かな。
などと考えていたら、ほどなく自宅の最寄り駅に到着した。

Eから着信があった。

Kは折り返す。
電車が走り去る音が、うるさい。
乗っている時は全く気にならないのに、なぜだろう。


Eが電話に出る。
様子がおかしい。
少なくとも、外出先の様だ。
そんなことは年に1、2度しかないのでKはどきっとする。
事故、事件、または…非常に少ない可能性ではあるが、仕事が長引いている?
いや、それよりは「今、隣の県」のほうが現実的だ。
Eはよくそんな事を口走る。


要領を得ない言葉を拾い上げ、どうやらEが仕事後に呑みに行き、酔っ払って帰る最中だということが推測された。

まったく…。

空腹も相まって、イライラしそうになる。
いけない。
自分だって、よくやる事だ。
それこそ、Eの50倍の確率でやってきた事だ。
精一杯優しく聞こえるように返事をし、最寄り駅でEを待つことを告げた。

どんなに遅くても、Eのいる場所から15分もかからないはずである。

しかし、それから1時間、Kの携帯はなることはなかった…。



つづく
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